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記憶Ⅵ・・登園拒否の子

私の通った幼稚園は、お寺が経営だった

その頃は、先生が引率して
それぞれの家まで、順番に送ってもらう・・

大人しくて、はしゃぐ事もなく
無口な子供だったように思う

ある日の事、
いつものように
一人づつ、送ってもらい

私の家の門の前に来て・・
「先生さようなら・・みなさんさようなら・・」と言い終わるや否や・・・
クラスメートの男の子が、悪ふざけして
門の前の石段を
私より先に駆け上がった

何故か、私は、ムッとして・・
その子が降りる背中を
押してしまった・・
勢い余って
数段、転げて落ちてしまった

先生に怒られる・・
でも、怒られたのは、その男の子だった・・・

気先ずかったので
黙って私は、家の中へ・・

私は、覚めた子供だったのだろうか・・

幼稚園でのお遊戯のような遊びのような授業?がとてもつまらなくて
とうとう、親に
行きたくないと宣言した

どうして?って何度きかれても、
行きたくないの一点張りだったし
行きなさいと叱責されても
頑として聞かなかった

母も、私に甘かったから・・
諦めて、言わなくなった

私は、一人、家で気儘に遊んでた・・

そのうち、園長先生である住職が
桐の箱に入ったカステラをお土産に来られたけれど・・

とうとう中退してしまう

親にも言わなかったけれど・・

お遊戯なんか、したくなかった・・
皆は、楽しそうにはしゃぐ様子も、不思議な想いで見ながら
私は、「意味がない・・」と思ってしまった

「幼稚園に行っても、意味がない・・」
なんと大人びた園児だったのだろう・・


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写真は、私が小学の低学年の頃に
父が、タイ、ビルマに出張した際に買い求めたBarlingのパイプ
父は、数回だけ、燻らしたけれど・・
子供の私が見ても・・美味しくなさそうな顔をしてたのを思い出す






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by diadust | 2015-08-15 23:20 | Comments(0)

記憶 Ⅴ・・・「この道」は・・

夜の10時になると

遥か遠くから、オルガンによる「この道は・・」の童謡が、微かに聞こえてくる

急いで、私は、寝ないといけない

祖母と同じ部屋で寝かされていた私・・

祖母は、このオルガンに合わせて、口遊む

さぁ・・寝なさいと言わんばかりに。。

4、5歳の私の子守歌は、「この道は・・」だった

一本の真直ぐに伸びた未舗装の道が、我が家の前にあった・・

この道は・・私にとっての「この道」は・・・

あの我が家の前の道・・

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母が、好きだったルリ柳の花
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by diadust | 2014-01-23 02:16 | Comments(0)

記憶 Ⅳ・・真っ赤な花

幼少の頃・・気がつけば、庭に咲く花は、いつも赤い花ばかりだった

父も、母も、花が好きで・・庭には、色んな花が咲いていた

鶏頭、ゼラニュウム、サルビア、椿・・・

どれも全て、赤い花ばかりだった

子供心に、また、赤い花・・・とボンヤリながら・・気付くくらいに・・

あの頃は、今のように、色が豊富に栽培される時代と違って

仕方なかったとおもうけれど・・

それから、数年後、小学校の高学年になった頃、母が、よそ行きの服をオーダーしてくれた

なぜか、スーツだった

それも、赤い服地で・・

時(私の愛称です)は・・赤が似合うから・・母が、言ってしまうと・・従うしかなかった

だから・・洋服も、赤が多かった

その反動で、自我に目覚めた中学、高校と・・故意に、赤を避けてたように思う

そして・・数十年たった今・・やっと・・赤に対しての拘りが無くなった

それは、多分、母の言葉通り・・根底には、赤が一番似合うと思うからかもしれない・・


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by diadust | 2014-01-11 18:04 | Comments(0)

記憶 Ⅲ・・・・大人の嘘

小学校低学年の頃・・・
家の庭の、漆の木に負けて、顔中、湿疹になり、包帯をグルグル巻かれた状態になった事があった・・

そして・・夏休みのある日の事・・
母と姉と兄が、いそいそと出かける用意をしてた

私の用意は、してくれない・・

私は焦って、私も行く!と言いながら、玄関先まで追いかける

途方に暮れた母は、じゃあ・・待ってるから、
着替えてきなさい・・家の前の道で待つから・・と・・

厭な予感がしたが・・
祖母に促され、急いでよそ行きの洋服に着替えるや、走って表にでた・・

家の前の・・・真直ぐに伸びた道の先にも・・3人は、いなかった・・
予期してた事が現実となって、目の前にある・・

これが、私の初めてつかれた嘘・・・大人の嘘だった・・

母と姉と兄は、東京にいる親戚の家に遊びに行ったと、後で祖母から聞かされた

顔中包帯を巻いた子供を連れて行けなかったと、後々母は弁解していた
そして、後日、私一人を連れて、東京へ・・

未だに、あの時の・・・真直ぐに伸びた道・・
母も、姉も、兄も・・3人の姿が消えた道を・・今も鮮明に覚えている・・

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置き去りにされた・・子供の自転車
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by diadust | 2014-01-08 22:53 | Comments(2)

記憶 Ⅱ・・・誕生して初めての記憶

三島由紀夫氏は、なにかの著書の中で・・

産まれて初めての記憶について語っている

たしか・・産湯に浸かってる記憶・・

その産湯が、陽の光で眩いのを見た記憶・・

その一節を読んで

私も、そんな気がするから、不思議だけれど・・

多分、想像力が働くからだと思う

私にとっての、初めての記憶は・・・

多分、階段とか? 縁側の端に座って、泣きじゃくる私・・

それ以上、前は進めなくて、泣きじゃくる私

私は、末っ子で、上に、姉と兄がいる

母に聞くと、上二人は、突進して、落ちて泣いたという

私は、落ちないで、ギリギリのところに座って、泣いてたという

きっと、臆病だったのだと思う

良く言えば、慎重・・

今も、冒険ができない

痛いと解ってる事には、躊躇して前へ進まない

だから・・今も、人に寄り添えないのかもしれない

姉も兄も、母になり父になり・・

私は、未だに、人生の伴侶にめぐりあってない・・

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姪の次女の生後一か月の頃
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by diadust | 2014-01-03 13:13

 記憶 Ⅰ・・・祖母の事

遠い記憶を辿る・・

今は亡き祖母や両親や・・・

私が、見た風景も、関わった人々も・・不確かな記憶の中に生き続ける

そんな記憶を

薄れて消え去る前に

綴りたい・・・

******

母方の祖母に溺愛されてたらしい

幼い自分には、そう感じる知恵もないけれど・・・

寡黙な祖母だった

祖母は、京都の生まれで、若い頃は、何とか小町と言われたそうだけれど

祖母自身からは聞いたことも無かった

ある日、突然、祖母に連れられて

京都へ・・

目的も、言われず・・・ただ、ついて行くだけだった・・

断片的に覚えてる事は、

市電のような乗り物の中で、いちゃつくアベックをずっと気になって見てた事や

蕎麦ボーロの老舗で、私は所在無く・・

お菓子の入ったガラスの瓶の前のピラミッド状に積まれたマッチ箱を数えてた・・

祖母の買い物が済んだ時・・

その店の綺麗な女店員が、小さな紙袋に、ガラス瓶の中の蕎麦ボーロを幾つか入れて・・

私に手渡してくれた

「ホントは・・違うのに・・・・」

誤解された私は、心の中でつぶやいた・・

そして、祖母と私は、蕎麦ボーロのお土産をもって

お茶専門の京都らしいお店へ・・

あたり一面、お茶が並べられたお店に入っていく

どんどん祖母は、中へ入っていく・・?

とうとう、土間のある奥へと・・

そこで、やっと、その家は、祖母の顔見知りの家だと解った

祖母は、そんな人だった

母に帰ってから聞いたのだが・・その家の主が、祖母の弟にあたる人だった

そこで、祖母と私は、勧められるままに一泊することになった

私は、なにも聞かなかった

心の中では、疑問点があまりに多くあって、何から聞けばいいのか解らないまま

黙って、言われるままにしていた・・


祖母は、何故、私を連れていったのだろう・・・

後にも先にも・・

この時以外に、祖母と二人で出かけた記憶がない・・



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by diadust | 2014-01-02 17:37